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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)576号 判決 1974年7月17日

原告

釜本薫

右訴訟代理人

和島岩吉

外三名

被告

日本生命保険相互会社

右代表者

弘世現

右訴訟代理人

三宅一夫

外四名

主文

一  被告は原告に対して、金三〇〇万円とこれに対する昭和四七年五月二四日から弁済が終るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する

三  訴訟費用は、全部被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三〇〇万円とこれに対する昭和四七年二月二三日から弁済が終るまで、年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  原告は、昭和四二年九月一三日被告との間で次のとおり生命保険契約(以下本件保険契約という)を締結した。

(一) 契約の名称 災害保障特約付の利益配当付特殊養老生命保険(三九月払)「暮しの保険」

(二) 死亡保険金額 三〇〇万円

(三) 満期及災害保険金額 一〇〇万円(四) 被保険者 原告

(五) 保険金受取人 満期の場合原告、死亡の場合原告の妻ユキエ

2  そして本件保険契約に関する普通保険約款(以下本件約款という)一二条一項には、廃疾給付金の支払に関して、被保険者が契約日以後の傷害または疾病により、両眼が完全にかつ永久に失明したときは、被告が死亡保険金に相当する金額(以下本件給付金という)を死亡保険金受取人に支払う旨規定されている。

3  原告は、本件保険契約日以後である昭和四六年九月二〇日ベーチエット症候群のため、両眼の視力がゼロとなり、その機能を完全にかつ永久に失つた。

4  かりに原告の疾病が契約日以前からあつたものとしても、被告がこの点を主張して本件給付金の支払を免かれることは、信義則上、または禁反言の原則から許されない。すなわち、

(一) 原告は昭和四二年九月始めころ、被告会社姫路支部所長であつた出原延子から生命保険への加入を勧誘せられた。その際原告は、以前胃潰瘍と眼病の経験がある旨告げたところ、出原は、眼は完全に治癒し通院もしていないのだからかまわない。医師の検査を受けるとき胃潰瘍はいわねばならぬが、眼の病気はいう必要がない旨答え、保険による利益を強調して強力に加入を勧めた。

原告は、出原が所長という責任ある地位にある者であり、また眼病ならばたしかに生命の危険にとつて重要な事実でないと思い、同人の言を信じて本件保険契約を締結するに至つたものである。

(二) 死亡保険金にあつては右のような場合、保険者は、過失によつて重要な事項を知らないものとして、告知義務違反による契約の解除ができないものと解される。したがつて本件にあつても、被告は給付金の支払を拒絶することはできない。

5  かようにして原告の妻ユキエは、被告に対して金三〇〇万円の給付金請求権を取得するに至つたので、同人は、昭和四六年一一月一〇日原告に右請求権を譲渡し、昭和四七年五月二三日被告に対してその譲渡通知をした。

よつて原告は被告に対して、右金三〇〇万円と、これに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月二三日から弁済が終るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。ただし原告が失明するに至つたのは、昭和四六年七月八日である。

2  同4の事実は否認する。

3  同5のうち、原告の妻ユキエが昭和四七年五月二三日被告に対して、原告主張の譲渡通知をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  なおかりに、被告に本件給付金支払義務があつたとしても、被告の行う相互保険行為は営利を目的とする営業的商行為ではないから、商法五一四条の適用もしくは準用はなく、遅延損害金の割合を年六分とするのは失当である。

三、被告の主張

1  原告は、本件保険契約日である昭和四二年九月一三日以前にすでにベーチエット症候群と診断されていたから、本件給付金請求権は発生しない。すなわち、

(一) 原告は、昭和四〇年秋ころから両眼飛蚊症があり、翌四一年一一月三〇日姫路市内の武田眼科医院の武田朋子医師の診察を受け、ベーチエット症候群、右瞳孔不全閉塞、左併発白内障と診断された。

初診時からしばらくは硝子体混濁、網膜小出血の症状であつたが、昭和四二年以後右症状は広汎に起つたり、ほとんど吸収されたりなどの状態を示し、また虹彩炎の繰返しによる前房蓄膿、虹彩後癒着がたびたび見られ、同医院には昭和四三年七月一四日まで通院し治療を受けていた。

(二) 次いで原告は、同年一〇月一八日大阪大学医学部付属病院の眼科で受診し、右と同様両眼ベーチエット症候群と診断され、以後継続して治療を受けていた。

昭和四六年一月六日原告は右病院に入院し、同年六月一七日右眼の白内障摘出、七月一日右眼の裁開術を受けたが、その後併発性縁内障、炎症後遺症による瘢痕性網膜剥離を併発して、同年七月八日には左眼の視力はゼロ、右眼の視力は光覚のみという失明に準ずる状態となつたものである。

2  かりに原告主張の債権譲渡があつたとしても、それは本訴提起後のことであり、原告をして訴訟を行なわしめることを唯一の目的としてなされたものである。

したがつて右譲渡は、信託法一一条によつて無効である。

四、被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)のうち、原告が昭和四一年一一月三〇日武田朋子医師の診断を受けたこと、原告の当時の症状が被告主張のとおりであつたこと、および原告が武田医院に通院した最後の日が昭和四三年七月一四日であつたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、武田医師のもとで、硝子体混濁、網膜小出血の治療を受けていたが、視力は、昭和四二年六月ころ両眼とも1.5に回復し、何らの自覚症状もなくなつて完全に治癒し、職場に復帰して通常人と同様の生活に戻つていた。本件契約は、このような状態にある昭和四二年九月一三日になされたものであるから、原告の失明は契約日以後の疾病によるものというべきである。

2  被告主張の1の(二)の事実は認める。

3  被告主張の2は否認する。

第三  証拠<略>

理由

第一本件保険契約および原告の失明

原告と被告との間に、昭和四二年九月一三日本件保険契約が締結せられたこと、本件約款に被保険者の両眼が完全かつ永久に失明したとき被告が本件給付金を死亡保険金受取人に支払う旨規定されていること、および原告がベーチエット症候群のため両眼の視力を完全かつ永久に失つたことは、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告が失明するに至つた日は、昭和四六年七月八日であることが認められる。

第二原告の疾病の時期

一原告が、昭和四一年一一月三〇日姫路市内の武田眼科医院で武田朋子医師の診察を受け、硝子体混濁、網膜小出血の治療を受け、同医院に通院した最後の日が昭和四三年七月一四日であつたこと、同年一〇月一八日原告が大阪大学医学部付属病院の眼科で両眼ベーチエット症候群と診断され、以後継続して治療を受けたこと、そして昭和四六年一月六日原告が同病院に入院し、同年六月一七日右眼の白内障摘出、七月一日右眼の裁開術を受け、その後併発性縁内障、炎症後遺症による瘢痕性網膜剥離をを併発し、両眼失明に至つたことは、当事者間に争いがない。

二次に、右の事実と、<証拠>によると、原告には、武田医院で受診する昭和四一年一一月三〇日以前から両眼の視力減退と飛蚊症の自覚があり、当時の視力は、右眼で0.2弱ないし0.1、左眼で0.1弱程度であつたことと、原告は当時日東木材株式会社に勤務していたが、ここを休業し、同病院で前示硝子体混濁、網膜小出血の治療を受けたこと、その結果昭和四一年暮には正常に戻つたが、翌四二年一月一八日武田医師の紹介で岡山医大付属病院の診察を受け、同病院でベーチエット症候群と診断されたこと、その後両眼に濁りが出たり出血があつたりの症状があつたが、同年五月末ころには回復し、同年六月一日からは職場に復帰できたこと、そして同年八月一二日には視力は両眼とも1.2弱ないし1.5弱程度であり、同月末ころ右眼の視力が0.3から0.4くらいになりはしたものの、同月と九月とには別段の異常はなかつたことが認められる。

三原告が、本件保険契約を締結したのが、同年九月一三日であることは前記のとおりであるから、右にみたところからすると、当時原告の症状はおおむね消失し、正常の状態に戻つていたものと思われる。

しかしながら、<証拠>によると、ベーチエット症候群は現在の医学上その発生の原因が不明であるとされていること、その治療も、これによつて一時的に治癒することはあつても、根治の方法はないと考えられていること、この病気は、症状が現われたり消失したりするのを繰返すことが一つの特質とされていること、そしてその七〇ないし八〇パーセントのものは失明に終るものであることが認められる。したがつて原告の失明の原因となつた疾病は、本件契約日以後の疾病であるということはできない。

第三被告の給付義務

原告は、その疾病が本件契約日以後のものでないとしても、被告は信義則上または禁反言の原則によつて本件給付金の給付義務を免れえないと主張するので、考えてみる。

一まず、本件保険契約成立までの経緯をみるのに、<証拠>を総合すると、被告会社姫路支部の正職員である出原延子は、かねてから原告の勤務先である前示日東木材株式会社に保険契約勧誘のために訪れていたが、昭和四二年九月一二日原告に対してもその勧誘をしたこと、これに対して原告は、自分はかつて胃潰瘍で手術を受けたことがあるうえ、眼病に患つて半年も休んだことがあり、もし失明でもすれば職を失い保険料を支払うこともできなくなるので、加入することはできない旨告げたこと、しかし出原は、眼の方はいま見えるのだし仕事もしているのだから契約を締結するには支障はないと答え、さらに原告が危険な職種とされている鋸を使う台車係であるといつたのに対しても、職名は危険でない運搬係にでもすればよいなどといつて加入を勧めたこと、結局原告は、同会社の従業員で保険契約の申込みをすることとなつた他の二人とともに、その日の勤務時間後、出原に案内されて、同市内の被告会社の嘱託医である長久鉄三の診査を受けたこと、そして出原は同医師方の玄関を入るとき、原告が眼のことはいわないといけないであろうといつたのに対し、原告の上衣を引つ張りながら、胃潰瘍は手術の跡が外部から見えるからいつて貰いたいが、眼の方はいわないでよい旨重ねて答えたこと、そこで原告は、右医師に対して胃潰瘍の病歴は告げたが、眼病についてはこれを告げず、職業についても前記会社で運搬などに従事していると述べたこと、そして出原自身も、本件保険契約について被告会社に提出した取扱者の報告書(乙第六号証の二)の健康状態および障害の有無の欄に、「胃潰瘍のうたがいで入院、手術したが胃潰瘍でなく胃もとらずに全快、三七、一一月入院、三八年八月退院後健康にて現会社に勤務、現在異常なし」と記載し、また契約者の職業欄に、「日東木材KK勤務、運搬及び雑務」と記載したことが、それぞれ認められる。証人出原延子の証言のうち、右認定にていしよくする部分は、原告の供述および弁論の全趣旨に照らして採用しがたい。

二ところで商法六七八条は、保険契約者に重要な事実の告知義務を課しているが、これは保険者が危険を引受けるかどうかの判断をするためのものである。したがつて同条は、保険者がこの事実を知つている場合、保険者の責任は免れえないものとしたのである。危険を測定するための重要な事実を知つて危険を引受けた以上、保険金の支払を拒むことは禁反言の原則に反することであり、右の規定はこのことを明らかにしているものと解される。そして同条は、保険者が過失によつて重要な事実を知らなかつた場合も、この事実を知つている場合と同一の評価をすることを明らかにしている。

<証拠>によると、本件約款一〇条は、本件保険契約の死亡保険金は被保険者が保険期間中死亡したときに支払われることとしており、その死亡の原因の限定をしていないことが明らかである。したがつてこれによると、死亡の場合は契約日以前の疾病によるものでも、保険金の支払がなされるものと解される。この点において、本件約款上契約日以後の疾病によるものにのみ給付金が支払われる廃疾の場合と事情を異にする。この対比からいうと、保険事故が死亡の場合にあつては、これを予測することのできる事実の告知義務が問題となるが、保険事故が廃疾の場合には、その余地が全くないということができよう。

しかしながら、保険者が重要な事実を知りまたは過失によつて知らないで契約を締結した以上その責を免れえないとする禁反言の原則は、ひとり死亡の場合に限つて妥当するという理由はなにもないから、保険者が廃疾の原因となりうる疾病の事実を知りまたは過失によつて知らない場合には、契約日以前の疾病によつて廃疾状態となつたときでも、保険者の責任は免れえないものといわなければならない。

三本件において、被告が原告の疾病を知つていたといえるためには、本件保険契約締結について被告会社の権限ある者またはその代理権を有する者がこれを知らなければならない(民法一〇一条参照)が、前示出原延子以外に被告会社社員で原告との契約締結に当つた者のあること、および同人に右のような権限または代理権があつたことを認むべき証拠はないから、被告が原告の疾病を知つて本件保険契約を締結したということは困難である。

しかしながら生命保険の募集人は、保険契約者または被保険者が、保険会社に対して、重要な事実を告げるのを妨げ、または告げないことをすすめるなどの行為に出てはならないのであり(保険募集の取締に関する法律一六条一項二号)、被告は、自己の正職員である出原延子がかような行為をしないよう監督し注意する義務があるから、同人が前記認定のような行為に出たのは、被告にかような義務を怠つた過失があつたからであるというほかない。そしてこのために被告は、本件保険契約に際して原告の疾病を知らなかつたのであるから、結局被告は、原告の疾病を知つて本件契約を締結したのと同じ評価を受けなければならない。

<証拠>によると、本件保険契約の勧誘をした出原延子も、これに応じた原告も、保険事故についてはおおむね死亡のことを考えていたことが窺われるのであるが、本件保険契約が廃疾についてもなされたものである以上、右の点は被告の右責任になんらの影響を及ぼすものではない。

被告は本件給付金の給付義務を免れることはできない。

第四本件給付金債権の譲渡について

一本件保険金受取人である原告の妻ユキエが、昭和四六年一一月一〇日原告に対して本件給付金請求権を譲渡したとして、昭和四七年五月二三日被告に債権譲渡の通知をしたことは当事者間に争いがない。

そして<証拠>によると、原告の妻ユキエから原告に対する右債権譲渡が行なわれたことが認められる。原告は、譲渡の日を昭和四六年一一月一〇日と主張するのであるが、これを認めるに足る証拠はない。原告が昭和四七年二月一四日本件訴を提起し、訴状に原告が被告に対して直接給付金請求権を取得したと記載していたこと、これに対して被告が、本件給付金請求権者は右ユキエであると指摘したこと、そして原告が昭和四七年五月二九日付準備書面で前記のとおり債権の譲渡を主張するに至つたことは、いずれも訴訟上明らかである。したがつてこれらの事実によると、右債権譲渡の日は、前記債権譲渡の通知をした同年五月中旬ころであると認めるほかない。

二被告は、右債権譲渡が本訴提起後にされたことから、それは訴訟を行なわしめることを唯一の目的とするものであると主張する。

しかしながらすでにみた原告とユキエとが夫婦であること、原告が本件保険契約の契約者であること、および原告が自己に給付金請求権ありとして本訴を提起していたことなどの事実を総合すると、本訴提起後の譲渡であるということから、訴訟行為のみを目的とした譲渡であるという推定はできない。そのほか、被告の主張を首肯させる根拠となる事実の証明はない。

第五遅延損害金の割合について

一被告が、保険事業を行なう相互会社であることおよび営利を目的とするものではないことは、前記乙第一号証によつて認められる被告会社の定款および保険業法によつて明らかである。したがつて被告の支払うべき給付金の遅延損害金については、商事法定利率を定めた商法五一四条の適用はない。民事法定利率によるべきである。

二なお<証拠>によると、本件約款上、給付金は原則として、その請求に必要な書類が、被告会社本店に到達してから五日以内に支払われることとされている(一二条五項、一〇条五項)。しかし本件給付金受取人から右の手続がなされたことを認めるに足る証明はなく、かえつて、原告が自己に請求権ありとして本訴を提起したことなど前記の事実からすると、この手続はとられていないと推認できる。そして、原告が本訴提起後の昭和四七年五月中旬ころ妻ユキエから右債権の譲渡を受け、同月二三日被告に対して譲渡通知がなされたこと前叙のとおりであるから、結局右債権についての遅滞は右譲渡通知をまつてはじめて開始するものというほかない。前記の必要書類を被告会社に送付することは、被告会社が保険事故を知り、給付金支払の手続をするためのものと解されるから、訴によつて給付金を請求する場合には、その手続がとられなかつたことをもつて遅滞が生じないということはできない。

第六結論

以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求のうち、本件給付金三〇〇万円と、これに対する前記債権譲渡通知のなされた日の翌日である昭和四七年五月二四日から弁済が終るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容することとし、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (飯原一乗)

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